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二十歳を迎えた新成人が慣れない振袖やスーツを身にまとって成人式に向かう様子は、一月の日本ではお決まりのシーンです。
しかしところ変われば習慣もがらっと変わるもので、ラテンアメリカには日本の成人式に代わるともいえるちょっと興味深い式典があるのです。
何がどう興味深いかというと、まず15歳の誕生日に祝われることが挙げられます。それに女の子だけなのです。
一斉に15歳を集めて祝うわけでなく、個人の誕生日=この大事な式典ということになります。さてどんな起源がありどんな祝い方をするのでしょうか。
始まりはというとなんとアステカ人の歴史にまでさかのぼります。当時の少女たちは、15歳になった時点ですでに円熟した大人とみなされていました。
この歳ですでに家族の成員からも地域社会からも、その成熟に伴う責任や能力を徐々に伝授されていたのです。このような理由から「15歳の祝い」が始まりました。
最初は「感謝のミサ」から始まり、15歳を迎えた少女はフォーマルな服に身を包み、聖職者や付添人そして両親に見守られこの式を迎えます。
この式典で重要視されるのが聖書です。これからの人生すべてにおいて聖書がガイドブックになるとみなされ、ミサの間少女は常に聖書を手離しません。
この式典にかかわる様々な文書や歴史には、「聖書はこの少女が高潔な女性へと成長し家族に誇りをもたらす」と書かれています。
このフレーズからわかるように、この式典はかなり宗教色が強く、少女はロザリオ(カトリック教徒が祈りの際に使う数珠みたいなもの)、十字架、そして新しい聖書を持参します。
しかし少女はこの式典に出席するだけでいいわけではありません。だいぶ前からある準備をしなければならないのです。
「この15歳の祝いが彼女にとって意味すること」を表現する詩を作るか選ぶ必要があるのです。
この詩には家族、通っている教会に対する愛情、将来に対する信仰と希望が反映されていなければなりません。この難しい課題をこなすために、一般的に少女たちは親に助言を求めます。
またそれまでにしてくれた特別な思いでをその機会に思い出して一緒に共有することも習慣になっています。
この詩によって、少女がどのような人へ成長しているかということが明らかになるそうです。
ラテンアメリカでは今でもこの15歳の祝いが盛大に行われます。しかし上に挙げたような起源を知ってこの式に参加している人は残念ながら多くはないでしょう。
というのも最近の祝い=大きな会場を貸し切って盛大なパーティーという概念になっています。
もちろん招待客も普通の誕生日祝い(ラテンアメリカでは誕生日祝いもかなりの規模で盛大)より特別な日とあって断然多く、少女はまるでウエディングドレスのような装いで現れ、みなが食べて飲んで盛大にダンスを楽しむ、これが最近の型になってきています。
もちろんこれを開催するのは両親、ということでかなりの出費に頭を悩ませる人もいるほどです。
オリジナルの式典とはだいぶかけ離れてきた最近のこの祝い、世界の反応はどうなのでしょうか?
世界中ほかの国々を見てみても似たような習慣はありますが祝い方は様々です。一つだけ言えるのは、若者が健やかに育って責任ある大人になってほしいという願いは今も昔も変わらないようです。
それを達成するのにこの習慣が役に立っていることを願うのみです。
(参考)http://www.ehowenespanol.com/tradicion-escrita-quinceanera-
誕生日を盛大に祝うのはいいけど、15歳は海外の反応でもあったように早い気がする。
現在は15歳での式典はなくなったようだが、大きな会場を貸しきってのパーティーというのはお祭り好きなラテン民族らしいお祝いの仕方で良いと思う。