日本の魅力を発掘するだけでなく、他国の環境・法律・文化などを見て、いかに日本が素敵な国かを見直すサイトになります。
日本の治安の良さは海外でもたびたび話題になり、大都市であるのに安全なのは東京だけ、と言われるほど、高く評価されています。法務省が毎年発表している犯罪白書によれば、日本国内の犯罪件数はここ10年近く減少を続けており、犯罪発生率は米国、英国、フランス、ドイツと比べても、極めて低い水準を維持しています。
テレビや新聞などで、各地で発生した犯罪が報じられると、日本国内でも用心が必要だということを考えさせられるものですが、実際に海外に出てみると、日本社会はなるほど確かに治安が良いのだということ、そして一般市民の犯罪に対する警戒心の薄さを実感します。
他国では、荷物を置いてどこかへ行ってしまえば、戻ってきたときにその場に残っている可能性は極めて低く、街中でも人混みに紛れて荷物をひったくられないように貴重品は肌身離さず持っている、或いは口の開いたバッグは控える、夜は女性一人で出歩かない、など、最低限の防犯意識を持たねばいつ犯罪に巻き込まれないとも限りません。
だから、コンビニの駐車場にエンジンをかけたままのバイクが止まっていたり、近場だからと言って玄関にカギをかけないまま外出したりしている、というのを見聞きした外国の方は、こぞって驚きの声をあげます。
5月25日、中国のミニブログ微博(ウェイボー)で、ある出来事が紹介されました。
日本在住という中国籍の方が、
というつぶやきとともに、かごに入ったメモと折りたたんだ現金1000円が写った画像をアップしました。
これが公開と同時に瞬く間に転送拡散され、沢山のユーザーからコメントも寄せられることとなりました。
フェイスブック等のSNSでもこのつぶやきはシェアされ、在日中国人ジャーナリストの莫邦富氏も、「日本のよさ!いつもこうした日本のよさに感動しています。」(日本語原文ママ)と絶賛しています。
このエピソードが反響を呼んだ背景としては、ひとつには、故意ではなく見知らぬ他人の自転車を倒してしまった結果、かごを壊してしまった通行人が、そのまま立ち去らずにわざわざメモを残し、お詫びの気持ちに現金を残していったということ。
そして、それ以上に、公道に誰の目にも触れることのできる状態で取り残されている現金について、ほかの通行人が誰一人横取りしていったりしなかったことが、日本社会のモラルの高さを表しています。
日本人社会は、古来より強い共同体意識によって発展してきました。それは日本の風俗習慣を育んできた確たる礎であり、「和」を尊ぶ日本人の精神性の拠り所でもあります。
日本のように狭く自然災害の多い国土にあって、人々が生活を営んでいくためには、共同体を構成する人同士が知恵を出し合い共存していかなければならず、自然発生的に共同体の紀律や道徳観念が形成・共有されてきたと言われています。
もちろん、他国と比べて少ない水準とはいえ犯罪は確かに存在しますし、今回のようなエピソードが話題になるということ自体、日本人自身も評価するに値する出来事であったことを意味しています。
かつての村社会のように、相互に密接なつながりをもたなくなった現代においても、日本人のメンタリティは根底では変わりません。厳格な法にばかり頼ることなく、自律的な信頼によって安全を担保できる社会というのは、一朝一夕で形成できるものではなく、日本人自身が長い年月をかけて育んできたものに相違ありません。
高い規範意識と相互扶助精神によって秩序が守られている日本社会に生まれた私たちは、その価値を再認識し、よりよい社会にしていく責任を負っていることを忘れてはならないのではないでしょうか。
(参考)http://weibo.com/1593933550/B5VeHskJc
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=251720808353071&
set=a.103036189888201.1073741825.100005454604656&type=
1&relevant_count=1
たしかに荷物を置いたままその場を離れる人など、盗まれても仕方ないぐらい警戒心が薄い人をよく見かけるが、それも日本だからだろう。しかし最近は海外から移住者も増え、犯罪に外国人が関わっているニュースもよく聞くので、今後は注意が必要だ。
手紙とベル代を貰ったのは外国の人じゃなかったっけ?
東南アジアの人だったような…
結構前に話題になってたよね
俺も前、※1みたいな記事みたよ。受け取ったのは外国人だったな。
東南アジア人じゃなかったよ。
けっこう何件も同じような事例があるんだろうな
当時、ベルの代金は1000円で足りるのか?ってコメントを見たw
官製で密漁や密輸している中国人に言われてもね
昔本で読んだエピソードに、日本の戦後に庶民は生きるために法律違反の闇米を買っていたが、一人の判事が法を破るのを良しとせず餓死した。中国人がそのエピソードを誉めると日本人が謙遜して「日本人でも一人だけですよ」という。すると中国人が「一人いるだけでもすごい、中国には一人もいません」
過大評価し過ぎな気がするかなー
日本語を使う上級民族と支-那語を使う低級民族の差だろ。支-那語には敬語が無いのだから礼儀や正義感や配慮や想い遣りやマナーが生まれないのは当然。ヒーローが存在しない事からも支-那の民度の低さが解るだろ。