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友人の死刑執行を見届けますか?本気で友人から頼まれています。

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死刑制度の是非については、日本でも数知れない議論が交わされてきました。死刑が執行されたというニュースだけでなく、刑務官、執行人にのしかかる重圧、トラウマなどについても広く報道されるようになりました。

近年、拘置所内部の映像が公開されましたが、その中では、3人の刑務官が同時に押す執行ボタンが3つあり、どのボタンが本物かわからないようになっている、それも刑務官の精神的負担を減らすためである、と説明されていました。

極刑に値する犯罪を犯したとしても、人の命を絶つという事は、人間の自然な情理に反する事なのでしょう。

アメリカでは、死刑囚の家族や被害者の遺族が死刑に立ち会う事が許されています。ちょっと想像してください。もしも、死刑囚が自分の友人で、あなたに最期を見届けてほしいと頼んできたとしたら…。あなたはそこに居合わせる事を選びますか?

私は友人の死刑執行を見届けました

英国ガーディアン紙に、そんな衝撃的な見出しが掲載されました。イギリス、ケンブリッジシャーに住む、マギーという女性の体験談です。

クエーカー教徒のこの人は、ある時Human Writesという団体の広告を見て、拘置所の死刑囚に手紙を書くことにしたそうです。

「初めて手紙を書いた時の事をはっきり覚えています。2004年のよく晴れた日、私は自宅のサンルームに居ました。‟ペンフレンドになりませんか”と、簡単に自己紹介の手紙を書きました。

まもなく、テキサスから返信の手紙を受け取りました。何枚にも及ぶ、本当に長い手紙でした。彼は、自分の人生、関心事また家族について書いていました。彼の名前はKC。ちょっと変わった人でした。

それから私は月に二回、KCに手紙を書くようになったのです。彼の背景は、私のそれとは全く異なっていました。おそらくアメリカの貧しい家庭では典型的な子供時代だったのでしょう。

住む場所は定まらず、最低の生活水準、暴力事件が頻発する地域社会。私はケンブリッジシャーの田舎で、大家族の幸せな家庭で育ちました。自分の家があり、たくさんの友人に恵まれていました。

KCはというと、攻撃的な世界、不確実と混乱、ゆすりたかり、刑務所暮らしが普通の世界で生きてきたのです。KCはクエーカー教徒と話した事が無かったので、私の宗教にも興味を持ちました。

お互いの事がだいぶ分かって来た頃、KCは自分の書いた詩を送ってくるようになりました。そのいくつかは、非常に深遠で、心を揺さぶるものでした。」

拘置所の友人に会いに、アメリカへ

「数か月後のKCの手紙には、もしアメリカに来ることがあったら、会いに来てほしい、と書いてありました。私は行くことにしました。興味をそそられましたし、一度の面会でも、死刑囚の彼にとってどれだけ意味があるかを知っていたからです。

拘置所の中を歩いていくのは、非常に怖かったです。唸るような、大きな音が絶えず響き渡り、武装した看守があらゆる場所にいました。KCはまるで、自宅にゲストを招き入れる一家の主人のように、私を歓迎してくれました。

ただし彼は、防弾ガラスと鉄格子の向こう側にいて、話すのに電話を通さなければなりませんでした。自分の目の前にいるこの人が、殺人罪に加え、レイプや拷問などの余罪により、死刑囚になった事は承知していました。

KCは深く恥じ入りながら、実は自分はある女性、子供のいる女性を殺してしまったのだ、と告白しました。自分のした事に、身を切るような後悔を感じている、と。

私には、自分がよく知るこの男性と、彼が犯した犯罪がどうしてもつながりませんでした。すべてが悲劇に思えました。まずは殺された女性そしてその家族にとって。そしてKCと家族にとってもです。

4時間にわたる面会は疲れましたが、ポジティブな時間でもありました。

私はその後も手紙を書き続け、この4年間、毎夏アメリカに渡り、滞在中に4回(服役囚に許される最上限)KCへの面会に行きました。私の家族、仕事、旅行、今読んでいる本…私たちは何でも話しました。」

死刑の日が決まる。そして執行の日

「ある日私は、KCが死刑執行日を宣告されたことを知り、愕然としました。その手紙の中で彼は、最期を見届けにきてくれるかと尋ねていました。私は行くと返事しました。

死刑の日に先立つ3日間、KCに会いに数人で拘置所に通いました。その間私は何度となく泣きそうになりましたが、なんとか涙を抑えました。最後の会話がどんなだったのか、思い出せません。

でも死刑執行のシーンは何度も何度もよみがえってくるのです。まるで抜け出せない悪夢の中にいるような、非現実のようでいて、非常にリアルな感覚でした。KCが薬殺用の注射を受けるのを、私はKCの家族と一緒にガラス越しに見ていました。

別室では、私達からは見えないようになっていましたが、被害者の家族が見ていました。死ぬまでの10分ほどの間に、KCは短く話しました。殺してしまった女性の命に敬意を捧げたい…と。

私は寒気を感じ、茫然としていました。その光景が何度も脳裏にめぐり、夜じゅう眠れませんでした。帰宅した時には、恐らくPTSDにかかっていたのでしょう。鎮静剤を与えられ、カウンセリングを受けました。

衝撃的な出来事でした。そして頭は混乱していました。私の友人は恐ろしい犯罪を犯した…それなのに私はその人の死を嘆いている…。」

その後

この事以来マギーは、死刑囚との文通はもうやめようと思いました。が、すでに次のペンフレンドが待っていたので、期待を裏切りたくありませんでした。

それでリタイアした今も、週に4回は手紙を書き、Human Writesのコーディネイターとして働いています。慢性疲労症候群を患いながらも、この仕事は彼女自身にとっても、かけがえのないものだと語っています。

「家から出かけるエネルギーが無い時でさえ、自分も何か意義ある事ができると感じられるんです」と。

「この体験は、私の視野を広げてくれました。アメリカに限らず、現在の裁判制度そのものに対して疑問を感じるようになりました。

アメリカの貧しい人たちが、果たしてどれだけの貧困に直面しているのか私にはわかりません。拘置所のペンフレンドたちが生きてきた人生も、私は本当の意味で理解してはいないのです」

さて、この体験を呼んだ人々は、どう反応したでしょうか。

私は絶対いけない。怖すぎる。
驚くべき勇気と愛情だ。自分にもそのスタミナがあったらと思うが、考えるだけで苛立ちや無力感、ストレスを感じる。死刑執行の場に居合わせるには、相当の強さがいる。公正の名の下に起きる悲劇を見なければならないのだから。自分ならきっと気が狂ってしまう。
死刑執行を見守った後、被害者の遺族は公正が施行されたと感じるようです。死刑の是非をここで言い争うつもりはありませんが、この感動的な体験談はあくまでもKC側の視点で書かれていることを忘れてはいけません。

アメリカにおいて、殺人だけでは死刑になりません。余罪が関係しています。KCも母親である一人の女性を殺しただけでなく、はるかに凶悪な犯罪を犯しているのです。殺人罪だけで全員死刑にするとしたら、テキサスの年間の死刑執行数は激増するはずですよ。

だから、黒人ばっかり死刑にするのか。
その通り。それが死刑制度の問題。人種差別、それに冤罪で死刑にされる人だっているのだからね。
証拠が不確かでも、警察が情報を操作していても、あるいは刑を軽くしてやると‘自白’させたケースにさえ死刑判決が下される事が多い。アメリカの司法制度は問題だらけだ。特に、貧しい人や、黒人が死刑判決を受ける事が多い事を考えると、特にそういえる。
死刑は遺族にとって一時的な慰めでしかない。死刑を見届ければ傷が少しでも癒えるかも、かたきを取ったと感じられるかも、と考え、実際に加害者の死刑を目撃した遺族の多くが、実際は全く何も変わらなかったと感じている。

加害者が死んでも苦しみは癒えない、被害者の味わった苦しみに比べたら死刑囚の苦しみなんて無に等しい、と。

人が殺されるのを見たくないなら、なんで死刑執行に立ち会うわけ?私はそんなきちがいじみた事、絶対しない。この女性は一体、死刑の立ち会いがどんなものだと考えていたのかしら。お茶を持って公園でのピクニック?死刑執行という言葉自体がすべてを説明しているでしょう。
彼女は容易なものではないと十分承知の上で、友達のために自分を押して行ったんだと思う。きちがいじみた事かもしれない。でも称賛されるべき事だとも思う。
こんな立派な女性の話を読んで、‘きちがい’なんて言葉を使えるなんて、一体どういう神経だ?彼女はただただ、友のためにベストを尽くしたんだ。冷酷無情極まりないね。
なぜ執行に立ち会ったかって?書いてあっただろう。彼がそうしてほしいと頼んだからさ。
情深い人が、凶悪犯罪を犯した死刑囚のために助けを差し伸べ、友情がはぐくまれる。終身刑に服する囚人にはあまり起きない事だ。死刑宣告という境遇が、独特のドラマを生み出すのだろう。
私は新生児の集中治療室のドクターです。最後の残された時間、マギーの存在がKCにとってどれだけ支えになったか、想像できます。私自身、乳幼児が両親の腕の中で安心感と尊厳をもって息を引き取れるよう、“プラン”を立てなければならない事がよくあるのです。

死にゆく我が子を腕の中で見守る親たちには、想像を超える勇気が要ると思います。そんな死の場面を頻繁に見守る人間として、赤ちゃんの手と親御さんの手を握って、自分も崖から飛び降りるような気持ちを味わいます。

その場を去った後でも何度も何度も思いだしますし、患者のための最善の選択だったのだとしても、計り知れないストレスを感じます。マギーとはもちろん違うシチュエーションですが、彼女のヒューマニティは私達にとっての教訓です。

↑あなたのコメントも、貴重な教訓ですよ。
死刑制度…複雑な感情が入り乱れるわ。暴力に暴力をもって制裁を加えるのが正しいとは思えない。その一方で、もし自分の愛する人や子供が殺されたら、復讐を求めるほどの怒りを感じるに違いない。
Human Writesって服役囚との文通のプロジェクトでしょ。ヒューマンライト(Right)と手紙を書くライト(Write)、うまくひっかけたね。
犠牲者の家族についてはどうなの?その女性は母親だったんでしょう。少なくとも子供一人はいるはずだし、女性の親兄弟がいるでしょう。
↑この記事のフォーカスはあくまでも筆者自身の体験。彼らの事を本当に心配してるなら、テキサスに行ってその家族を見つけ、年月をかけて友達になってから、それについてあなたが体験談を書けばいい。
貧困がいつでも犯罪の原因とは限らない。同じ境遇で育った人でも、ちゃんと生きてる人は多い。とはいうものの、マギーはよくやったと思う。人は皆、誰かを必要としている。
15歳の時、キャンペーンの運動家が学校に来て、ヒューマンライトについて話し、テキサスの死刑囚への手紙の宛先住所を置いてったんです。2,3か月手紙を書いたら、その死刑囚の弁護士から連絡が来て、もう文通はやめるべきだと言われました。

数年後、その死刑囚の生存を確かめようとグーグルしていたら、彼の罪とは2歳の女の子をレイプし殺害した事だったと知り、文通をやめるように言われた理由が分かりました。知ってたら彼の事を決して友達とはみなさなかった…今でも嫌悪感を感じます。

マギーは、KCについて罪悪感を感じる必要は全くないと思います。KCは最大限償ったのだし、マギーは彼の孤独で不幸な人生を少しでも幸せにできたのだから、誇りに思うべきです。

↑ティーンエイジャーにそんな事を勧めるなんて、キャンペーンの奴らは本当に無責任だな。
友情とサポートが必要なのは、殺された女性の遺族たちだ!
法律に沿っていても、外れていても、殺人は殺人だ。死刑は、無知で暴力的な過去の遺物なのだ。教育が乏しく、暴力事件の多いテキサスのような場所で、そんな野蛮な習慣がいまだに続いているのは悲しいことだ。

皆さんはどう思われたでしょうか?この記事を書きながら私自身、人が人を裁くことの難しさを改めて感じ、非常に重苦しい気分になりました。

が、たとえ凶悪犯罪を犯した相手にでも、手を差し伸べ、自らトラウマを負いながらも、友が命をもって罪を償うのを見届けた… それも、痛々しく貫かれた友情の形なのかもしれない…そう感じました。

(参考)https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2015/apr/03/penpal-
executed-on-death-row

この人がこうやって死刑囚の心情を広めることで犯罪抑制に繋がるかと思いきや、犯罪を犯すような人の目にはふれない情報だったりする。

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コメント一覧
  1. 日本の名無しさん
    2016年12月19日 10:23 PM

    終身刑の殺人犯に死刑執行させればいいだけなのにな

  2. 日本の名無しさん
    2016年12月19日 10:24 PM

    こういう人は被害者の家族と交流を持ったら簡単に考えが変わりそう。

  3. 日本の名無しさん
    2016年12月19日 10:30 PM

    悪いことをしたら罰せられるのは子供でもわかること
    大罪を起こした人間に見合った罰は死刑だけ

  4. 日本の名無しさん
    2016年12月19日 10:33 PM

    自分の家族が被害者だったら、是非自分に執行させてくれって言うね。
    10数年前の話だが、強盗被害にあって強盗3人(当時全員少年)を殺し掛けて警察に長時間拘束された事が有る莫迦です。

  5. 日本の名無しさん
    2016年12月19日 10:51 PM

    死刑囚は自分の罪を命でもって償えたんだから祝福してあげれば良いじゃないの。

  6. 日本の名無しさん
    2016年12月20日 12:01 AM

    捕まる前にこの二人が出会っていたら、確実に友情など芽生えずに加害者と被害者になってたはず。

  7. 日本の名無しさん
    2016年12月20日 1:48 AM

    私の家族が殺されたなら、私が死刑囚のボタンを押しますよ

  8. 日本の名無しさん
    2016年12月20日 5:32 AM

    巡り合わせだな。
    死刑囚になって無ければ友人になる事は無かっただろうしな。

  9. 日本の名無しさん
    2016年12月20日 7:25 AM

    ただの懲役なら行かないけど、友人が死刑なら、行かないときっと悔いてしまう。私だったら行くだろう。

  10. 日本の名無しさん
    2016年12月20日 8:10 AM

    薬物より絞首の方が楽だぞ。薬物はかなり失敗するし。

  11. 日本の名無しさん
    2016年12月20日 10:58 AM

    友達が目の前で処刑されるなんて滅多にない機会だな
    面白そうだからこういう求めには応じるわ

  12. 日本の名無しさん
    2016年12月20日 11:34 AM

    死刑囚がやった事、何で死刑囚になったのか、犯した罪の部分が丸っきり抜け落ちてて議論に成りませんわ
    犯罪者を被害者の様なふりをさせてる、してる事に違和感しかないわ!
    さて、死刑反対派は自分の最愛の人を殺した犯人を目の前にしても同じ事が言えるかな?w
    言えない様なら偽善者だねww

  13. 日本の名無しさん
    2016年12月20日 12:55 PM

    結局のところ被害者加害者に全く関係のない第三者じゃん

  14. 日本の名無しさん
    2019年6月8日 8:37 AM

    例え国の命令でも、死刑執行は人殺しに過ぎない 刑務官 今自分も刑務官として勤めて居ますが最初の最初にいきなり死刑囚人の担当を任されました。死刑執行して来たけど、首にロープを巻く担当、執行ボタンを押す担当を任されました。死刑囚にお世話になりましたと泣かれるとこちらも一緒に泣きそうになるのですよ。掛ける言葉が無いんですよ。

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