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まるで千と千尋の神隠しの世界!日本統治時代の街並みが残る九份

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台湾北部の基隆市近郊に九份と呼ばれる小さな山間の町があります。現在、ここは台湾を代表する人気の観光地になっています。

この町の発展には日本の影響が大きく関わっているのです。この様子はアニメ映画「千と千尋の神隠し」の舞台のようです。

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日本とかかわりが深い九份

昔は、不便な九份にはほとんど人が住んでいませんでした。町の名前の由来は「九人で開拓した場所」または「9世帯しか住んでいないので、買い物はいつも9個分」と言われたからとも言われています。

いずれにしてもほとんど人が住まない寒村地だったのです。

この状況が一変するのが日本統治時代です。金の採掘が始まり、日本の資本で大掛かりに開発が進められます。日本企業の藤田組(現:DOWAホールディングス)が進出した頃には最盛期を迎えます。

このため九份には日本風の建物が数多く残されているのです。九份の現在の街並みの原型は日本統治時代に作られたのです。

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1945年に日本統治が終わり、台湾が独立した頃から金の採掘量が減り始め、1971年には金山が完全に閉山なってしまいました。

日本でも炭鉱や金山の閉山に伴い、町が衰退することはありますが、ゴールドラッシュに沸いたこの九份は急速に社会から忘れ去られてしまったのです。

閉山から約20年、1つの映画がこの町に息吹を取り戻します。この時代の台湾の複雑な事情を説明しましょう。

台湾の二つの国民

日本統治時代に日本人と同じ教育を受けていた台湾人(本省人)の民度は非常に高いものでした。一方、「開放」の名のものに内戦状態の「国民党」から派遣された官僚や兵士(外省人)の民度は極めて低かったのです。

当初、同胞が開放に来たと喜んでいた台湾の人々でしたが、その不正と狼藉に驚きましたが、司法やマスコミをコントロールしていた国民党は自らの不正を罰せず、公表すらしなかったのです。

故司馬遼太郎の「台湾紀行」では本省人が蛇口から水を出しているのを観て驚いた外省人が、慌てて蛇口を買ってきて、壁に取り付け、水が出ないと怒ったエピソードが紹介されています。

大陸から来た当時の外省人には上水道という概念がなかったのです。外省人により日本国籍を持つ本省人は激しく弾圧され、日本統治時代に高い教育を受けた者や役人や医師、裁判官を徹底的に粛清したのです。

二・二八事件では約28,000人の本省人が惨殺されたと言われています。人口の僅か12%の外省人が支配する台湾ではこの二・二八事件は台湾最大のタブーとして、公表されることがなかったのです。

台湾では、二・二八事件のあった1947年から1987年までの38年間も戒厳令を敷いて、軍が反体制派を厳しく取り締まっていたのです。

この二・二八事件を取り扱った「非情城市」の公開は戒厳令が終わって僅か2年後の事でした。そして映画の舞台になったのが、当時廃墟となっていた九份の町だったのです。

この映画は台湾のみならず、世界的に高い評価を受け、1989年のベネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞しています。

九份の様子は動画でアップされ、多くのコメントが寄せられています。

これって映画「千と千尋の神隠し」の世界でしょう!?
私も「千と千尋の神隠し」の映画観たよ!良かったね!!
素晴らしい場所だね。別世界にいるようだ。
絶対にこの場所に行きたい!!特に夜の提灯は綺麗そうだね。
日本語の看板も沢山あるね。ひらがなが分かる台湾人は多いんだ。
日本からの観光客も多いだろうね。
風情がある町並みだね。絶対に行ってみたい。
今度台湾旅行を計画中だけど、九份を加えようっと。中国本土と違って、台湾の人はマナーが良いからね。
私は九份に3回行ったことがあるけど、昼も夜もどちらも違う魅力があるよ。今度は九份に宿泊する予定です。
日本と台湾の良い部分を受け継いだ町です。
「千と千尋の神隠し」を思い出しちゃった。
日本統治時代からの趣のある街並に心が安らぎます。
九份の街並みは綺麗ですね。中国本土の中華街とは違う感じがします。
日本の寂れた温泉街にも似ている・・・
台日友好は永遠です!!
日本のようで、中国のような不思議な光景。
ここでは、台湾で最も美しい夕陽を眺める事ができます。
日本人観光客にも人気のスポットですね。
一度は行ってみたい台湾の観光地。他の台湾の観光スポットとは雰囲気が明らかに違う。
日本の名作アニメ「千と千尋の神隠し」のモデルの1つじゃないのかな?
石の階段の街だな。エレベーターやエスカレーターはないのかな(笑)
この活気のある九份がかつてはゴーストタウンだったとは思えない・・・
九份は雨の似合う街です。
この動画を観ていたら台湾に行きたくなってきた。
一瞬、この場所が日本だと勘違いしてしまいました。
確かに日本のように見えるねぇ~
ひらがなの看板も多く、日本語も通じるので、日本人にとって観光しやすい場所です。
本来ならば日本か台湾、少なくとも香港に移住したいけど、無理だから観光で九份に行ってみたい。
いつかゆっくり休暇をとって九份に遊びに行きたいなぁ。

湯婆婆が現れるかも!!

コメントの中でも多くありますが、九份は宮﨑駿監督作品「千と千尋の神隠し」の舞台だと言われる事があります。特に台湾や九份側ではこの点を強調される事が多いようです。

スタジオジブリや宮崎監督は九份を作品のモチーフに使っていないと公式に否定しています。それでも、九份の街角ではオカリナで「いつでも何度でも」(「千と千尋の神隠し」の曲)を演奏しながらオカリナを販売するなど商魂たくましいです。

偶然であったとしても、その九份の世界は「千と千尋の神隠し」にイメージが重なることは事実でしょう。

日本統治時代に作られた立派な映画館は20年以上も閉鎖され廃墟になっていました。現在では原型とレトロな雰囲気を維持しつつリフォームされて一般公開されています。

昔の映写機や映画関連の資料の展示のほか、時々、現役の映画館として九份を蘇らせた映画「非情城市」やクラシックな日本映画も上映されています。

韓国では旧日本統治時代の建物は負の遺産として破壊されているようですが、逆に台湾で正の遺産として活用されているようです。台湾に親しみを感じると当時に、寂れていく日本の地方も九份の例に学ぶべき点が沢山あると思います。

(参考)https://www.reddit.com/r/pics/comments/2iggsf/hayao_miyazakis_
inspiration_for_spirited_away_the/
http://www.chinaexpat.com/2012/08/15/jiufen-boom-bust-boom.html/

千と千尋の神隠しの舞台じゃないってジブリが言ってたなんて。九份の風景見たら絶対そう思うのに。一度行ってみたい!

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コメント一覧
  1. 日本の名無しさん
    2016年6月17日 1:26 AM

    台湾から失礼します。台湾のことを紹介していただくのは嬉しいことですのでありがとうございます。
    ただひとつ伝えたくて、内省人ではなく本省人と書き換えていただけませんか?外省人の「外」の対義語として「内」と言いたいのかも知れませんが、内省人の語感は「反省する人」のようで少し失礼な感じです。

  2. 日本の名無しさん
    2016年6月17日 4:43 AM

    綺麗なトコだよね❤現代日本(特に都市部)が失いつつある魂のようなモノがあるし。昔の物を台湾は上手に活用してくれてて嬉しいしありがタイワン❤レトロ好きにはたまらん🎵
    片やKよ!未だに残ってる日帝残滓建築物や単語・文化は全て破壊破棄して消滅してくれ

  3. 日本の名無しさん
    2016年6月17日 2:13 PM

    蛇口の下りはワロタw
    昔何かで聞いたことがあったんだけど、中国人のことだったのかw

  4. 日本の名無しさん
    2016年6月17日 4:50 PM

    1番のコメントを書きました者です。迅速なご対応ありがとうございます。九份はとても雰囲気の良いところですので、台灣へお越しの際は是非お立ち寄りくださいね。

  5. 日本の名無しさん
    2016年6月17日 10:06 PM

    台湾と香港は、あなた方が未来を築き立ち上がる時は応援したい。中国なんて下盗国家に拘る理由なんてない。

  6. 日本の名無しさん
    2016年9月15日 7:09 PM

    〉日本統治時代に日本人と同じ教育を受けていた台湾人(本省人)の民度は非常に高いものでした。

    〉一方、「開放」の名のものに内戦状態の「国民党」から派遣された官僚や兵士(外省人)の民度は極めて低かったのです。

    教育を受け高い民度を持っていた台湾人は中国大陸から来た外省人のあまりの民度の低さに驚いたのでしょうね。そしてその外省人達に支配され粛清されてきた台湾の歴史。日本人は台湾人の良き友人でありこれからも台湾人の味方です。

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